心理学的には、不安はこの先についての恐怖で、
悪いことが起きそうな予感にさいなまれる予期不安が有名です。
もしまたあそこに言ったらまたつらい思いしそうで怖いよぉ・・・。
ですね。
これに対し、今ここで感じている怖れを恐怖と言います。
貞子に遭遇した! やばい! 逃げろ! きっとくぅる~
のときの感情です。
フラッシュバックの時は、今ここで過去の場面を再体験していて、
まさにいま恐怖を感じている。
怖れおののいています。
さて、私の恐怖や不安感です。
実はこれらとはちょっと違う感じだったんです。
予期不安があるといえばあるけど、それは今まさに恐ろしいことが起きているから、
あるいは今は襲来してないけど、この先いつ来るかわからないから、
おびえている。不安を抱えている。恐ろしい。
なのです。
またあれが起きたらどうしよう・・・不安だぁ。じゃなくて。
なんかしらんけど、悪いことは起きる。いつの日か、どこかで・・・。
というそら恐ろしい感じ。
不気味な気配・・・。
恐怖にしても、特定の人や出来事が今ここに襲来した恐ろしさではありません。
そこはかとなく、なにか破滅的な脅威が近づいてきている感じ。
まさに!
忍び寄ってくる。じわじわと。いや、すでにもう周りは囲まれている。自分が知らされていないだけで。陰に隠れて何ごとかが起きている。気づいていないだけで。
そんな怖さです。
だから、安心できない。世の中が安全だと思えない。人が信じられない。自分の(危機察知)能力を信頼できない。
判然としない言いようのない影におびえている感じ。
不気味な影・・・。
そうなんです。
私は、わけのわからない不気味さに包まれておびえていたのです。
愛情や温かさに包まれてるならよかったのにねぇ。
不気味さによる恐怖。
私の恐怖はこれでした。
明確なあの出来事、あの事件、あの人という明確なものでなく、
魔界、呪術、祈祷、霊魂、スピリチュアル、心霊的な・・・。
そういう不気味による怖さ、恐怖でした。
祈祷師の父と、霊媒師の母、ひっきりなしに来訪する心霊現象に悩まされる大人たち、気狂いみたいに暴れる大人たち。
なんか知らんことが起きている。
なんか知らんけど恐ろしい。
昼も夜も怒鳴り合いのケンカばかりしている父と母。足音が遠ざかれば向こうからののしりの声が聞こえ、足音が近づけば暴力の音や暴言鳴き声が聞こえてくる。
3Dサラウンドライブ音響!
静まったかと耳をすませば、不意に大声がする。
血の海ではないかと恐る恐る確認しに行けば、騒動の後のようだけど、そこまでひどいことは起きていない。今のところ。
なにがあったんだ? もう終わったのか? 今どこだ?
なぞだ。知らない。わからない。
恐怖の館。それが自宅。マイホーム。
恐ろしい。何かわからんけど恐ろしい。
こういう感じの。
父や母についても、ようわからん人たちでした。
どういう反応するのか? いつ感情が爆発するのか? いつ泣きじゃくるのか? 今日はどんなヤバさなのか? 次はだれが標的? オレ? 気は静まったの?
さっきまで機嫌よかったのになんで急にわめくの?
今私を𠮟ってたのにご飯食べろって勧めてるの?
言ってることがわからない。オレに言ってるの? え、何の話? 誰に言ってるの?
不明な人たち。
不・気・味・・・。
そんな半世紀を生きてきた私。
ということが明確に分かっただけでも、心は軽くなりました。
なにごとも白日の下にさらせば、不気味ではなくなるものね。