最近読んだ本には、Amazonのベゾスや、テスラのマスク、マイクロソフトのゲイツ、Appleのジョブズなどの思考法が詳述してありました。
いずれも既成概念や常識を破壊し、よりよい社会、より便利な社会になるように、奮闘し、新しいものを生み出す人たちでした。
彼らは事業に大成功したので今ではイノベーターといわれますが、時には破壊者、変わり者、として扱われ、とりわけ幼いころにはみんないじめなどのひどい目にあいます。
それでも不屈の闘志で自分のしたいことを達成した人たちです。
さて私のこと。
私自身、変わり者の自覚があり、既成概念や常識をぶっ壊すことを楽しみにしています。変人、変わり者、バカと扱われたことも少なくありません。特に小さいころ。
幼いころから常識や慣習(空気を読むこと、長いものにまかれること)をそんなに大事にしないので、とうとう常識知らずに育ってしまいました。
半生を振り返ると、チャレンジ精神旺盛といえばかっこいいのですが、その実常識的にやってはならないことをやり続けただけでした。
黙ってればいいのにあえて本音を言うとか、
あえて皆んなと違うことするとか ※皆んなランチなのに自分だけ違うメニューを頼む。学校指定の電卓じゃないのを買う
面白い方を選ぶのでデリカシーのない不適切な言動ばかり。
常識をわきまえた中年おじさんになった現在、おかげで自分の至らなさに恥じ入る思い出いっぱいです。
自分のこれまでを恥じ入っているために、フラッシュバックとして不意によみがえる過去の記憶がとても恥ずかしく、自分の未熟さに身をさいなむ毎日です。
フラッシュでよみがえる記憶はどれも暖かな目で見れば若さゆえの過ちなのですが、どうにも許せないのでした。
で、フラッシュがあった時は、なるべく優しい思いで過去の自分を観てやろうと努力していたのですが、うまくいきませんでした。
過去の自分にどうにも優しくできない!
ほとほと困っていた時にこの本に出会いふと気づいたのでした。
あ、反逆児だったからだ。
そう、自分は生まれつき常識を破壊するあえて権威や習慣に歯向かう性分の反逆児だったということにつと思い至ったのです。
これまでは、父や母への反逆思考から父や母的なものへの反動だと思ってましたが、存外根っからの反逆児だったのでは? と思い至りました。
そうかもしれません。
もちろん、反逆のための反逆ではなく、従うことで我慢を強いられる状況を打破するために反逆するのは間違いないようです。
いわば革命的行動。
前述の本に出てくる人たちが、革命児であることは間違いありません。
私も、(ものすごく規模は小さいですが)この人たちと同じように、革命・反逆の人だったのかもしれません。
はたしてそう思い至った時、フラッシュでよみがえる過去が、己の常識知らずの未熟さからでなく、反逆児の特性ゆえとなり、なんかそれも自分らしくていいかもなぁ。
と思えてきたのです。
過去の肯定です。
自分の過去はどっこい自分らしかった。
過去の自分も今と変わらず自分らしかった。
いつでもどこでもどんな状況下でも、
自分は自分らしさをなんとか保っていた。
自分らしさを保つことは私が大事にしていることです。
大事にしていること、価値を置いていることを捨てずに諦めずに生きてきた。
そんな自分だった。
少し自分を誇らしく思えてきたのでした。
少しはフラッシュバックで恥じ入ることが減ってくるかもしれません。
存外、フラッシュバックは過去の認識を変えることで辛さが減ってくるのかもしれません。
読んだ本