今回は文体も変えて備忘録風につづります。
日本では古来より災害に未知なるすごい力の働きを見て、その奥に神様の存在と意思を感じとる。
これは、現実世界の物理現象とスピリチュアルな神秘世界が融合した考え方だ。
例えば、
神様が怒っている機嫌を損ねているからだ。そして我々に罰を与えようとしていると。
一方、日頃の優しい太陽の光、穏やかな風、十分な雨には感謝の気持ちを持ちつつ、あぁおてんとうさまの機嫌がよくてよかったなと胸をなでおろす。
そんなことから、自分たちは大きな力の下で小さく生きている存在なので、つねに大きな力の持ち主を崇拝していなければならないと考える。
いうなれば力を持つなにかへの崇拝だ。
現実世界に目を向ければ、武力でも財力でも地位でも才能でもいい。力を持つ者を崇拝し、機嫌を取り自分たちの利益を期待することとなる。
そんなメンタリティは日本では珍しくない。ひょっとしたら遺伝子の中に組み込まれてるかもしれない。
だからだろう、国政としては天皇制、将軍幕府による武力封建制、米軍占領による統治、官僚統治によくなじみ、企業にあっては社長統治が、家庭にあっては家長統治が抵抗なく受け入れられる。
都合、力なき立場の国民、市民、社員、妻や子どもは、力持つ者の従者として勤勉に生きる。
こう考えれば、企業戦士・社畜が生まれ、家族が親父の機嫌を取るばかりなのも必定だ。
こういう心理もあってだろう、日本における先祖を祀る祖霊信仰は古い。ご先祖様の機嫌を取り、子孫である自分たちを守ってもらおうとの魂胆だ。
祖霊が機嫌を損ねて荒ぶる神・祟り神とならないように。守り神でいてくれるように。
日本での信仰や崇拝は、つねに信仰者の利害とともにある。感心するほど実に実利的だ。
現実世界の被害は、神秘世界の手当で防ぐ。この発想は鎮護につながる。
荒ぶる魂、怨霊を鎮めて、その破壊力を守護の力に変えてもらおうとする。そのために仏事、神事を行い、魂を祀った。御霊(ごりょう・みたま)信仰だ。
天満宮・天神様・学問の神様の菅原道真が有名だ。
死んだ人を祀り、神として崇め、我々に害をなすことなく、むしろ利益をもたらす福の神としてあることを祈願する。
死んだら神になる。成仏もする。とにかく神秘的なパワーを持つ存在になる。そして我々を助け、導き守ってくれる。
だから、我々は信仰し、尊崇する。
うがった見方だがそんな仕組みが出来上がっているように思える。
NHKで靖国神社の特集を観た。
国のために命をささげた人たちを、一様に弔うのは当然と思う。
しかしその形が、神様として崇めることになると、いくら日本文化的に必定とはいえ被害者・被害国の心は穏やかではいられないだろう。
為政者が参拝するのを許さないのも分かる。そこは軍国主義の象徴だからだ。
特に、神様として崇められるからこそ、兵隊たちが命を懸けて他国に侵攻していった面があるからだ。
もともとは、明治維新の時に政府軍のために戦って命を落とした軍人の魂を慰霊するため建立されたと聞く。
それが、これから亡くなる人たちが死んだ後の集合地点となってしまったことが残念でならない。
”貴様とはこの世ではもう会えないが、死んだら靖国で再会しよう。九段で会おう”として、死ぬことに価値が出てきてしまったからだ。
兵隊の命を蔑ろにする人たちに使い捨てにされることが美しく素晴らしいことになってしまった。
「靖国で会おう」は、戦局が悪くなり出したころのプロパガンダのスローガンだそうだ。
国民を進んで死地に向かわせる国。90年前の日本はそんな国だったらしい。
もともとは、やむなく死んだ人たちの無念の思いを弔うはずだったのに。
悲しいことだ。
遺族にとっては、ただ慰霊したいだけだろうに。国のためにやむなく命を落とした人たちに対して為政者が謝罪の意味も込めて頭を垂れてほしいだけだろうに。
翻って、実家のこと。
神秘的な呪力を身に着けた寺の住職である父は、家父長制の権化であり、ゆえに妻である我が母、子である私、檀家信者の大人たち、そして父の僧侶仲間は、恐れる神として父を扱い、機嫌を取り隷属した。荒ぶる神とならないように。祟らぬように。
その空気の中で生まれ育った私が、日本古来の信仰感覚と無縁であるはずもない。
畏怖と尊崇。祟らぬように呪われぬように尊崇する。
そんな信仰観のもと、恐怖におびえながら仏壇に手を合わせていた私は、間違いなく昭和の古い日本人であったのでした。